ゴミ人間再生譚

「貯金ゼロ」「バツイチ」「無職」という ヒエラルキーの最底辺付近にいる「ゴミ人間」である私のリサイクルドキュメントです。夢は独立開業!誰かに幸福を捧げられる人間になります!

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生きてます。

僕の声が続く限り
隣でずっと 愛を唄うよ
歳をとって声が枯れてきたら
ずっと 手を握るよ
 (GReeeen 愛唄)



どうも。お久しぶりです。
私は生きてますよ。時期的にヤバいところですが、腐ってませんよ。

死亡説、国外逃亡説、単に飽きた、ネタがないetc
諸説まことしやかに囁かれておりました(嘘)が、どれも外れです。

一歩を踏み出したことで変わった風景を、自分なりに確かめていました。

自分の中の思い込みや恐怖を捨て、視線を緩めると、やっぱりこれまで見えなかったものが見えるようになったんです。

初めの一歩の踏み出し方を偉そうに語っておいて、自分がそれを体現できないんじゃ説得力ゼロですもんね。

さあさあ、まだ一歩が出せない方。
騙されたと思って最初の一歩を踏み出してみましょうよ。

仕事やキャリアアップに限らず、友人関係、恋愛、家族関係などすべてにいえることです。
悩むくらいなら学べ。
悩むくらいなら踏み込め。
思うだけでなく口にしろ。

これからも私は、足元をバンバン踏み固めながら前だけを見て歩き続けます。
心の小箱を覗くのは、気持ちが折れそうになった時だけでいい。


この数週間は、もっともっと進みたいという気持ちと自分の力とのギャップに悔しい思いをしたり、そのくせついつい怠けてしまう心の弱さに打ちひしがれたりしながらも、本来の自分を少しずつ取り戻せたかなという期間でした。

正社員になりました。まだまだミスは絶えませんが。
塾では塾長に次ぐ授業数を受け持っています。大丈夫。慣れました。
ボディブローのような借金返済にも目処が立ちました。
私を見て「頑張り屋さんだから心配」といってくれる人もいます。

ネットでも、メッセージの遣り取りをしている方にはいつも励まされています。
全然更新していないにも関わらず、訪問してくださる方には感謝です。

もしかして私は、前を向いて生きていてもいいのかな、と。
ゴミ箱から片足を出せたのかな、と。

私を取り巻く色んな方からいただく無言のメッセージに、そんなことさえ感じています。

もう迷いませんよ。迷っている暇なんてありませんよ。
改めて宣言します。
「私は真人間を目指し、これからも歩き続けます」

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あなたに届け

そよ風がいつかこぼれる涙 かわかしてくれるから
背すじをのばして空を見上げ ただ歩いて行けばいい
 (谷村有美 しあわせの涙)



何だか比喩ばかりで余計に解りにくかったかな? という反省を踏まえ、ここ数回の記事の内容をざっくりとまとめてみます。
小テーマとしては、「スタートの切り方」ということになるでしょうか。

① 新しいことを始めようとする、あるいは変化を望むのならば、まずそれをしっかりと言葉にすること。
 「私は○○までに、○○を達成する」
 「私は○○までに、○○になる」
 大きな目標だけでは、その実現までの距離が測りにくいため、そこに至るまでに当然に経るであろうステップをできるだけ具体的に宣言することが重要。
 言葉にするだけでなく紙やノート、手帳に書いて、常にその目標を意識できる状態にすることも大事です。

② その言葉を聞いた人(自分を含む)の意見を分析すること。
 「そんなことできっこない」
 「現実逃避の甘えだ」
 「リスクが高すぎる」
 そんな意見が聞こえたら、まずはその人がどういう立場でものをいっているのかを冷静に分析してみましょう。
 経験者として、自らの失敗に基づく言葉であれば、耳を傾ける価値はあるかもしれません。その人がどのような方法をとって、どのような失敗をしたのかは貴重な情報です。
 それ以外の場合はどうでしょう。一般的な常識や、思いこみ、出所の怪しい噂などがその言葉のベースになってはいないでしょうか。
 どこまでの理解で話しているのかを知りたければ、その人に質問をぶつけてみればいいでしょう。
 欲しい答えが返ってこないようであれば、その人の言葉を気にする必要はありません。

③ 目標を実現するために不足している情報を集める。
 恐怖には「漠然としたもの」と「具体的なもの」との二種類があります。
 漠然とした恐怖は、現在の環境を変えようとすることに対する理由のないものから、知識の不足からくる不安に起因するものなどさまざまです。これは、即座に片付けられるものではありません。私自身、こういった類の恐怖を感じても気にしないようにしています。
 対して、具体的な恐怖は、知識を得たことで初めて感じるものです。
 これは無視するわけにはいきません。更なる知識を得ることで解決するものなのか、あるいは回避する以外に道がないものなのかを振り分ける必要があります。
 勘違いしてはいけないのは、いかなる種類の恐怖も、完全になくすことなどできないということです。
 完璧主義の人は、失敗も少ない代わりに成功もありえないでしょう。なぜなら、初めの一歩を踏み出す日がいつまでたっても来ないのですから。

④ 知識を経験に。
 どれだけ豊富な知識を得ても、それが頭の中に留まっている限りは宝の持ち腐れです。
 思い切ってやってみることが大事だ、とよくいわれますが、その思い切り具合は人によって違ってもいいと思います。
 小さなことでもいいから、自分が得た知識の真贋を実際の経験をベースにして鑑定していくわけです。100人がいい方法だと思っていても、どうしても自分に合わないのなら無理して続ける必要はありません。それは自分にとって偽物の方法だったというだけのことです。他人の成功体験を正確にトレースすることができたとしても、同じような成功を手にすることができるわけではありません。というより、できません。
 私の持つ知識がどんな道を切り開き、そこにどんなものが現れるかは、私がこの足で歩き出さない限り誰にも分かりません。


⑤ 経験を知識に。
 失敗を他人のせいにすることも自分のせいにすることも、「運」という一言で片づけてしまうことも。単なる思考停止という意味では同じです。
 なぜうまくいかなかったのか。うまくいったのは必然か、偶然か。無用なリスクを取り過ぎていなかったか、はたまた、石橋を叩き過ぎていなかったか。
 成功者とそうでない者との違いは、失敗を今後のチャレンジにフィードバックできるか否かにかかっているといっても過言ではありません。
 意図的に失敗をする人はいません。ですが、失敗なしに目標を達成できる人もいないでしょう。痛みを感じるからこそ、人は臆病にもなるし強くも、賢くもなれるのです。

 私達の目標は「失敗しないこと」ではなく、「成功すること」、そして「なりたい自分になる」ことです。

 この一文に込めた私の想い、届くでしょうか?
 
 一歩が踏み出せない、という人へ、質問です。
 あなたが今いる場所は、本当に「安全」ですか?

森のくまさん

考えろ!
 (アネゴ これまででもっとも衝撃を受けた言葉)



最近はとにかく眠い。睡眠不足からくる頭痛なんて久し振りです。早く寝なきゃな、と思いながらもPCの前にいます。

さて本題。前回のお話を思い出していただけると幸いです。
あなたのうしろの正面には、何がいましたか?
それともまだ、振り向く勇気が持てませんか?
今回は私と一緒にレベルアップしましょう。

私達を縛る、失敗に対する恐怖。その根源は「無知」です。

私はいま、真後ろにいる自分と対話しています。彼は何も、悪意を持ってささやいているわけではありません。彼もまた怯えているんです。
自分の持つ既存の知識の範囲でしか物事を判断できず、得体の知れない森の奥に潜むものに尻込みしているんです。

それは私達も同じ。
多少開けた、見慣れた場所で、座り心地のいい切り株に腰をかけていれば、いますぐに恐ろしい思いをすることはないのかもしれません。
いつしかそこで、木の実を拾い集める名人と呼ばれるようになるかもしれません。
だけどそこがいつまでも安全な場所だと、誰が保証できるのでしょう。
計画的に、倹しく食べていた木の実が突然の嵐ですべて吹き飛んでしまったら?
人間の匂いを嗅ぎつけた猛獣が知らない間に集まってきていたら?

「こっちに進もうと思う」
そう決意した私の隣に森の奥を知り尽くしたドワーフがいて、「こっちの道は本当に危険だ。腹を空かせた狂暴な熊が、大きな楡の木の陰に身を潜めている。この腕の傷はそいつに襲われた時のものだ。昼夜問わず、あいつは獲物を待ち構えている」と語る。
そんな具体的な話を聞けば、私も大人しくそれに従うでしょう。
ですが隣にいるのが、自分とさほど変わらない程度の経験しか持たない人間だったらどうでしょう。彼はもしかしたら、素潜りでアワビを見つけるのが得意かもしれません。遠い親戚に樵がいて、その人から森についての話をたまに聞ける立場にある人かもしれません。
「海ではなぁ、潮の流れを考えずに潜るのは本当に危ないんだ」
「おじさんはいつも、森は本当に怖いって俺に話してくれるよ」
だから何なの? と、いえる冷静さを持ちたい、と私は思います。
ここは海じゃないし、樵のおじさんはここにはいません。

ほら、やっぱり危ないよ、と雑音を聞いた私が私を止めます。
でもね、と自分に話しかけてみましょう。
自分の知っている世界の常識が他のすべてにもあてはまると考えている奴の意見を聞くのか、と。
自分の知らない世界を伝聞だけで理解したつもりになっている無責任な奴の言葉で、森から抜け出すチャンスを放棄するのか、と。

森のことは、森の住人に聞くのが一番早いし確実です。自らの命を、財産を賭けて森の中を縦横無尽に駆け回るドワーフの言葉には、積み重ねた経験からくる説得力がある。
ではもし、あなたの側に彼がいなかったら?
どうすれば、怯えるばかりの自分を説得できるでしょうか。

熊の習性を知ることができれば、眠っている隙に脇を通り抜けることができるのでは?
入念に調べてみれば、危険な楡の木のそばを通らずに済む脇道があるのでは?
そもそももう、熊はその場所に見切りをつけて移動してしまった可能性もあるのでは?

想像力を総動員して、自らの目で、耳で、手でかき集めた情報を、借り物でない言葉で彼に伝えることができれば。
彼はきっと、目に力を宿すでしょう。たとえ、その脚がまだ小刻みに震えていたとしても。
私が得た知識は、自分のものになって初めて、彼の知識になります。
昨日より賢くなった私は、昨日より賢くなった私に、改めてその決意を伝えます。
「こっちに進もうと思う」

どんな危険が待ち構えているのか。そのリスクを最小限に止めるためにはどこに気をつけるべきなのか。予想外の事態が生じた場合には、どう対処すれば被害を最小限度に食い止めることができるのか。
失敗が怖いなら、考え得るあらゆる策を講じ、メリハリをつけて進めばいい。

とはいえ100%の安全など、この世には存在しません。完璧を求めると、いつまでも一歩目を踏み出すことはできません。
彼が「危ないからやめよう」という言葉の代わりに「まだ怖いけど、行ってみようか」という言葉を口にするようになったら、スタートの時です。
彼と手を繋ぎ、道中に潜むチャンスとトラップに二人で目を光らせながら、私は私の目指す場所へと進んで行きます。

うしろの正面

不安のない未来を誰も望むけど
乗り越えられたその分だけ
不安は僕らを強く賢くする
まるで神様の通信教育
 (槇原敬之 不安の中に手を突っ込んで)



前回は、自分を成功に導くパートナーと、それを邪魔する天敵はどちらも「自分」だという話をしました。

踏み出す決意をしたそばから「無理だからやめろ。失敗すると立ち直れないぞ」と恐怖を煽る自分。
彼、あるいは彼女には、強力な援軍がいます。
自分の経験だけが正しいと信じている、自称「人生の先輩」。
聞きかじった情報をさも自分の意見であるかのように語る「似非インテリチキン」。
揺るぎない決断をしたつもりでも、心配顔、したり顔で次々と浴びせられる言葉に、いつしか自分も「そうかもしれない」と意気消沈する。
そう、ネガティブな言葉もやはり、力を持っているから。

やっぱり無茶なのかな。失敗するのはいやだ。これ以上みじめなことになったらどうしよう。
そんな恐怖心は、誰にでもある。

前回も書いたように、世の中の成功者はその著書を通じて私達にアドバイスをくれる。
「失敗を恐れるな!」と。「始めなければ何も変わらない!」と。
だが私はこうも思う。失敗を恐れないでがむしゃらに突き進めば、それが成功に繋がるのか? と。
恐怖心を捨て去ることは、裏を返せばリスクに対して無防備になることなんじゃないのか? と。

恐怖という感情は、動物としての身を守る本能がもたらすものだ。それを理屈や精神力で無理やり抑え込むことは容易ではない。
というより、そんなことをしようとすれば、他のことに向けるべきエネルギーを恐怖が詰まった箱の蓋を押さえることだけに費やさなければならなくなる。
前進どころではない。

私は、その恐怖心さえも味方にすべきだと思う。
私は、何が怖いんだろう。この恐怖はどこからくるんだろう。どうすれば怖さが紛れるんだろう。
そうやって怖さと正面から向き合い、対話する。
そこで初めて、その正体が枯れ尾花なのか、迷わず撤退すべき悪霊なのかがわかる。
私達に必要なのは、怖さと向き合う勇気と、冷静な分析力だ。

目を閉じたまま、背中を向けたままでいる人は、いつまでもその恐怖から逃れられない。

人は「誰か」になれる

最高を求めて 終わりのない旅をするのは
きっと 僕らが 生きている証拠だから
もしつらいこととかが あったとしてもそれは
キミが きっと ずっと あきらめない強さを持っているから
 (中田ヤスタカ Dream Fighter)



今日は授業をお休みにしました。現在、高校生は中間考査の真っ最中です。
テストが数学だけならともかく、あれこれと勉強すべきことを抱えている彼らに無理強いはできませんでした。

というわけで、いつもより早くPCの前に座っています。

タイトルは確か、DQ7のコピーだったと思います。バグの多さで有名な7をクリアしたのは一度だけなので、ラスボスの名前すら思い出せません。覚えているのは「なんだそりゃ」と思ったエンディングと、タイトルにも使わせてもらったコピーだけです。

  人は、「誰か」になれる。

きっと誰もが、理想通りの生活を送っている自分を一度は思い描いたことがあるでしょう。
あるいは現在、その生活を送っているという人もいるかもしれません。

理想と現実とのギャップに悩む人にとって、理想の自分とはまさに「誰か」。
それを一人称に変えるのが、言葉の力です。

前回お話しした、言葉の力が通用する「相手」について、しばらく掘り下げて語りたいと思います。


自分を変えるために、最も有能なパートナーとなる人は誰でしょう?
自分の変化を妨害する、「最悪の天敵」となる相手は誰でしょう?

二つの問いの答えは、同じ。「自分」です。

ある日、私は「誰か」になりたい! と思い立つ。
本屋に行けば「金持ちになる方法」や「成功する法則」、「愛される秘訣」といった本が平積みになっている。
テレビを眺めていると、著名人やスターが自らの黒歴史を明かし、どん底からいかにして這い上がったかを語る。
そう、「言葉」を使って。

成功の経験者が綴った言葉を目にした、語った言葉を聞いた私が「自分」のままなのはなぜか。
それは私に、その言葉を受け止める能力が不足しているからです。

踏み出してしまえば簡単なのに、最初の一歩が踏み出せないのはなぜか。
それは言葉のレセプターが私の中にないから。
それを幸いとばかりに「自分」が邪魔をするからです。

人間が抱く感情の中で最も強力なものは恐怖である、と思う。人間を人間たらしめている喜怒哀楽は、本能に根ざす恐怖には勝てない。

何か素晴らしい方法を聞いた私の変化を真っ先に邪魔するのは自分。
「そんなことはできない」
「無理だ。リスクが高すぎる」
「こんな方法、非常識だ」
「どうせ失敗する」
「こいつは運がよかったんだ」

能力、すなわち知識の足りない「自分」は、現在持っている常識だけで私をミスリードする。
その力が強大なのは、恐怖に訴えかけてくるためです。
恐怖に身を竦ませた私が、その恐怖に負けてしまえば、やってくるのは今日と同じ明日だけ。

私には、スタートを切るためにまずやるべきことがある。
感情をコントロールし、推進力に変えることが一つ。
もう一つは、正しく、最短で目標へと向かうための地図となる知識を得ること。

ブログに書くことで、言葉の持つ力を皆さんに示すために必要な準備が明確になりました。

レベルが1つ、上がりました。
常識とやらで私を怖がらせる「自分」の鼻っ柱を叩き折ることができれば、またレベルアップできるでしょう。

*CommentList

コトバノチカラ

「こんなんじゃ終われない」って 思えればまだやれんぞ
結局自分の心に打ち勝てりゃいい
何十回つまづいたって その度起き上がるんだよ
情けない 姿まで 君らしさじゃん 胸張って未来のスター
 (椎名慶治 キミスター☆)




「人間が作り出したものの中で、最強と思われる武器を一つ挙げよ。また、その理由も述べよ。」
                     (2012 Tatepom大学工学部 ゴミ人間再生工学科)

さて、あなたはどう答えますか?
『人間が作り出したもの』という制約を忘れないでくださいね。


私がマルをつける答えは「言葉」です。
そもそも『最強』という言葉の定義が議論の対象になりかねない問題ではありますが、そこはスルーでお願いします。どうしても納得がいかない方は、『最も有用』とでも読み替えていただいて構いません。

私は「言霊」の存在を信じています。

言葉には大きな力が宿っており、その使い方次第で正にも負にも無限大の力を発揮できる、と思っています。

ただ、それには一つ条件があります。言葉を向けた相手がその言葉を理解できる能力を持っていることが不可欠です。
石ころに、「お前は動ける」と辛抱強く語りかけたとしても、それは実現しません。
不老不死を願っても、肉体が我々の言葉を解さない以上、それは実現しません。
コミュニケーションのとれない相手を動かす力は、残念ながら言葉にはありません。
その点が「魔法」と「言葉」の最大の違いかもしれません。

はたして私の「言葉」は、皆さんへのプレゼントとなり得るのでしょうか。

「言葉」には無限の力がある。この仮説は正しいのでしょうか。

研究者は私です。
実験材料も私です。
そして、ゴミ人間再生工学科にて研究を開始したばかりの私をサポートするのは、数多の優秀な助手です。
このカテゴリの記事では、まず最初に助手の「言葉」を紹介したいと思っています。
彼らの言葉を受け止め、「言葉の力」を日々実感してください。


※「助手」などという表現を真に受けないで下さいね。素晴らしい名言や心に響く歌詞へと敬意を払い、より多くの方に知っていただきたいという思いで引用させていただいております。

*CommentList

振り返れば奴がいる

最終回です。

皆さん、これまでお世話になりました。
私のようなゴミ人間に様々な励まし、拍手をくださった皆さん。
ありがとうございます。



そっと振り返ってみると、暗い部屋で、死んだ目をして膝を抱える奴の姿が見えた。
正真正銘のゴミだ。

「なあ。お前、ずっとそうしてるつもりか?」
私が尋ねると、奴は一瞬だけ目を合わせ、何やらもそもそと呟いた。
「聞こえないよ。お前は何がしたいんだ? どうなりたいんだ?」
奴はまたちらりとこちらを見て体を揺すった。せわしなく唇を舌で湿らせ、口を開いたかと思えば、下唇をぐっと噛む。
「何かいいたいことがあるんじゃないのか。いえよ。ちゃんと言葉にしろよ」
声を荒らげた私に首を竦めながらも、奴はこちらを見ている。その卑屈な上目遣いのまま、奴は確かにいった。
「ここから、出たい」

「いいのか? 外はここより寒いかもしれない。冷たい雨が降ってるかもしれない。お前のことを傷つけてやろうと待ちかまえてるやつだってわんさかいるかもしれないぞ」
私が冷徹にいい捨てると、奴は首を振った。
「いい。寒かったら、あったかい場所を探す。服を着る。雨が降ってたら、傘を買う。雨宿りしてもいい。傷つけようとする人がいたら、戦う」
奴の目に、少しずつ力が宿ってきたような気がした。
「なんのために?」
「ここじゃないどこかに行くために」
「そこで、何がしたい?」
「笑いたい。心の底から」
「お前にそれができるのか?」
「できる」
睨むように私を見据える奴に、私は、ゆっくりと近づいた。
「だったら立て」
差し出した手と私の目とを交互に見、奴は右手を伸ばした。その手をありったけの力で掴み、思い切り引っ張る。
同じ目の高さになった奴は、ほんの少しだけ唇を動かした。笑ったつもりらしい。
「一つだけ、お願いがある」
「なんだ?」
「俺の後ろから、ついてきてほしい」
「最初からそのつもりだよ。どうあがいたって、俺はお前から逃げられない。お前だってそうだ。そのかわり、またお前が立ち止まりそうになったら、その丸まった背中を思い切り蹴ってやる」
「望むところだ。……これからも、よろしく頼む」

私の手を離し、奴は暗い部屋の中を見回した。
「なんだ? やっぱり名残惜しいのか?」
「違う。覚えておこうと思って。ここに転がっているものを、ぜんぶ」
奴の視線を追って、私は雑多に散らばるものを一つ、一つ確かめた。

毎日のように奴が吐きだした痛みや苦しみは、硬質な光を放ちながらその先端を尖らせている。
部屋の隅に堆く積み上げられた怒りは、奴自身が被せた布に遮られ、そのすべてを見ることはできない。
蛍のように弱々しく明滅しているのは悲しみだろうか。踏んでしまえば潰れそうな、丸い粒もまた、部屋中に散乱している。
「これは、どのみち持っては行けないだろうな」
部屋の中央にどんと鎮座まします後悔に触れながら、私は奴を見た。その表面は悲しいくらいに艶やかだった。魅入られたように表面を撫でていると、突然、掌に痛みが走った。
感電した痛みとも、焼けた鉄板に触れた熱さとも、氷に触ったときの冷たさとも異なる、経験したことのない感覚だった。
思わず離した右手を擦っていると、奴はその大きな後悔に近づき、そっと目を閉じ、頬を寄せた。
「おい」
「大丈夫。こいつがどんどん大きくなる様を、俺は毎日見てきた。毎日触れていた。持って行かなくても、いつでも思い出せる。絶対に忘れない」
「そうか」

目を開いた奴は出口の方向へと足を踏み出した。奴が踏んだ痛みや苦しみがガリガリと耳障りな音をたて、悲しみはパチン、パチン、と弾けて光を失った。
ふと目を遣ると、棚の中に小さな箱が見えた。
「おい。これは?」
出口の前で立ち止まった奴は、こちらを見ずにいった。「それは、お前が持ってきてくれ」
「大事なものなんじゃないのか?」
他のものとは明らかに異なる輝きを放つその箱は、実質、この部屋唯一のまともな光源ともいえるものだった。
「もちろんそうだ。それは、ここを出ることに決める前から、ずっと俺の胸の中にある」
「だったらお前が持って行けばいい」
「だめだ。それを持っていると、俺はその中を見たくなる。そっと箱を開けて、中身を一つ一つ、じっくり見つめて、そっと仕舞う。その繰り返しだけで一日を終える自信が、俺にはある」
なんだそのわけのわからない自信は、と苦笑しながら、私にはその中身の見当がついた。
「俺が持っていて、いいのか?」
「うん。頼む。俺が立ち止まって歩けなくなったり、分かれ道で迷っていたりしたら、背中を思い切り蹴った後にそれを見せてくれ。渡さなくていい。ただ、見せてくれ」
「わかった」頷いた私は、棚の中の箱に手を伸ばした。持ってみるとその箱は見た目よりはるかに重く、そして温かかった。
もっともらしいことをいっていたが、本当はこの重い箱を自分で持ちたくなかっただけじゃないのか。
その背中を睨みつけると、扉に手をかけたまま奴は振り返り、薄く笑った。
「さあ。行こうか」




はい、というわけで小説風に今の心境を綴ってみました。
試用期間の三ヶ月が過ぎたから、というよりは、この一週間の心の動きを冷静に分析した結果、そろそろ終わりなんじゃないかという結論に至ったわけです。

したがって、加工カテゴリはこの記事で終わりです。

え? 紛らわしいって?

……いや、返す言葉もございません。

でも、ちょっと待ってください。このブログのタイトルは「ゴミ人間再生譚」ですよ。
こんなところで終わったら、ゴミ人間っぷりをただ晒しただけじゃないですか。夢オチよりひどい終わり方じゃないですか。

これからはより明確に、「再生」を意識した記事のアップを目指して参りますので、これからもどうぞよろしくお願いします。
どうぞ早まって、足跡やブックマークの削除などをなさらないように、重ねてお願い申し上げます。

自分なりに、完全に腐った部分とそうでない部分とを分別し、残った自分を新たな製品の材料へと加工することができたと判断しました。これからはその材料をどんな価値を持った製品に仕上げることができるのかを模索していきます。
次回からの「試作」工程にて、またお会いしましょう!
*CommentList

ご案内

ゴミ人間です

Author:Tatepom
地方在住34歳無職バツイチ…
自分で書いていて泣けてきますね。
でも、心と胃以外は健康です。
まだまだ歩いていけます。
歩いていきます。

何かのはずみで立ち寄って、
何となくログを読んでくださった方。
コメントなどいただけると、
とても嬉しいです。
ウルウルすると思います。

ゴミの近況

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